オンラインショップ『あとりえ天山』開店
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高橋天山の指導、監修のもと、専門のスタッフが描く本物の日本画を、画期的なお値段でご提供するオンラインショップ『あとりえ天山』が、今春オープン致しました。作品の制作過程を記録したスタッフブログも発信しております。

高橋天山展
平成20年 11月26日(水)〜12月 2日(火) 大丸神戸店 美術画廊
平成20年 12月 2日(火)〜12月 8日(月) 日本橋三越本店 美術画廊
平成20年 12月16日(火)〜12月22日(火) 西武沼津店 美術画廊
平成20年 12月17日(水)〜12月23日(水) 大丸心斎橋店 美術画廊
平成21年 1月27日(火)〜 2月 2日(月) そごう横浜店 美術画廊
平成21年 2月10日(火)〜 2月16日(月) 三越仙台店 美術画廊
平成21年 3月10日(火)〜 3月16日(月) 三越名古屋店 美術画廊
平成21年 4月14日(火)〜 4月20日(月) 三越松山店 美術画廊


改雅号記念 「高橋天山展」

例えば、花の写生にしても、際立った一輪を適時に素早く描き取り、我が物とする訳だが、その選び抜いた一輪の色と形とに、ついとらわれてしまい、自由な発想が邪魔される事がよくある。
より抜きの一輪であればある程、その色、形からぬけ出すことができなくなるのからで、次の年、又別のより抜きを描き、それを繰り返す。感心を深めれば深める程に、その花への含蓄がふくらみ、 とらわれ が次第にはずされて、自在な創作力が涌いてくる。
これが抽象の始まりで、三次元を二次元画面に肉迫して、いか程描写した処で、美にはならないのであるから、この抽象力(=創作力)がなければ、絵にもらない。がこの抽象も過ぎれば、○と△とに帰結してしまうので個性というものは滅んで、これは、絵にする必要がない。
人の作品にしても、名人巨匠の名品は、確かに素晴らしく、中でも好みの作品はヒントとなり目標になり指針ともなるのだが、それにとらわれては花一輪と同じ事で、名人巨匠の作品をいかに上手に模倣しようと、それは絵とは言えないのである。
意味のない絵ばかり見事に氾濫している。

雅こそ日本美の源流との思いから、源氏物語に手を染めはじめ、必要なるまま次々と古典に親しむ様になると、この様な優れた雅の世界が、突然平安朝を頂点に生まれたと簡単には思えなくなり、日本人の豊かな感受性が、渡来した文物によって花開いた、という単純な歴史観にかなり疑問が湧いて来る。

歴史書とは常に、必ず、『勝者の目的物』であり、記紀以前、はるか太古の昔から、驚く程な文明が日本にあるべき筈である事を、自然に感じるようにもなった。
とらわれず、含蓄を背景にし、高い普遍性を持った日本画を、と追求する過程において、そのよって来る所似に立還り、そこから今を見つめ直さねばならず、古代文字の研究が細々となされて来た事などにも、感心が生じて来ている。
わずか千年前。紫式部を代表とする宮廷文化が華開き(食うや食わずの庶民生活と掛け離れたものであるにせよ)、それが一頂点を画したのは確かで、世界中どこにもない美そのものの世界が、何故か、生まれたのである。
なぜ生まれたのか。
内在するもの無くして実りはない。陽が、雨が、風が寒暖が、時を与え、日本人にしかない豊穣なる不易種を、芽生えさえたのだ。  わずか千年。 はるか千年 ではない。わずか千年であるとの認識に立つことこそ、無限の可能性がうまれるであろう。

さて、画行30年を経て、この度雅号を用いる事としたのだが、はやり廃れのない、時代に左右されない雅号をと思い天山とした。
雅を軸として日本文明の寄って来る所似の一端を詳らかにしてゆければと、これまでの秀年は、天山と転じて、これからの天山を励ましてゆくのである。

   
平成丙子霜月

秀年改め 高橋天山